【滋賀銅像コレクション】 藤樹先生孝養像

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藤樹先生孝養像
藤樹先生孝養像


よく効く「塗り薬」を持って、

ひとり遠い大洲から家に帰ってきたときの場面


藤樹先生孝養像
●場所:道の駅 藤樹の里あどがわ


藤樹先生孝養像
↓↓↓↓↓↓

藤樹先生孝養像

藤樹先生は、中江与右衛門といい、慶長十三年(1608)三月七日、近江国
高島郡小川村(現在の滋賀県高島市安曇川町上小川)の中江吉次の長男として、
フジの木のおい茂った家で生まれました。

しかし、九歳のとき米子(鳥取県米子市)へ、十歳のときには四国の大洲
(愛媛県大洲市)へ移り住み、加藤候につかえる祖父吉長のもとで育てられました。
十五歳のとき、祖父の家禄をひきつぎ、大洲藩士となりました。
わかき郡奉行として活躍しましたが、のちに喘息をこうじたことと、
故郷にひとり住む母が病気がちであったことをふかく心配し、
二十七歳のとき職を辞して故郷へもどりました。

小川村の先生は、清貧な生活にあって、母に孝養をつくすとともに、門人には
孔孟の学(儒学)を説き、村びとには「人としての道」を熱心に教えました。

そして、慶安元年(1648)八月二十五日、四十一歳でこの世を去りました。
孝養像は、少年藤樹が母の手にできた「あかぎれ」を心配するあまり、それに
よく効く「塗り薬」を持って、ひとり遠い大洲から家に帰ってきたときの場面です。
この逸話から、先生の母をおもう心が伝わってきます。



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